Patch Adams Profile
patch_パッチ(本名Hunter)・アダムスは、1945年5月28日ワシントン生まれ。幼少の頃父の仕事の関係で日本(横浜)、ドイツで暮らす。64年ジョージ・ワシントン大学医学部入学。67年にバージニア医科大学入学。卒業後1年間の小児科研修を経て、71年より仲間と共に共同生活を送りながら医療活動を行う“Gesundheit Institute”を設立。医療をビジネスから切り離すことを提唱し「健康とは、人の心も体も全てがよい状態にあること」と考え患者への思いやりやユーモア、笑い、芸術、農業、楽しみ、人と人との絆などを治療に取り入れることを試みた。 79年本格的な病院建設準備のため、共同生活を終わらせる。83年マスコミに登場しないという方針を改め、建設資金集めのための講演活動を開始する。ウエストヴァージニア州ポカホンタスに土地を購入。現在、無料で診察をする共同体形式の病院建設に向けファンドレイズ・講演活動中。

1985年アメリカ政府の要請で市民交流大使としてロシア(ソ連)を訪問する際、道化師として訪問。道化が人と人との壁を取り払い、親交を深めるのにたいへん有効であることに気付き、毎年のロシア訪問他、人道支援活動として諸外国を訪問している。

映画『パッチ・アダムス』について
ゴールデングローブ賞の作品賞・主演男優賞ノミネート作品。アカデミー賞 受賞俳優ロビン・ ウィリアムズ主演。トム・ジャドヤック監督。1993年出版の パッチ自身の著書からの実話を元に若き日のパッチ・アダムスを描いたワー ナーブラザーズ作品。 人生に対する深い失望感から、自殺を試み精神病院に入院。そこでの生活、同室の患者とのコミュニケーションから「笑い」が人の心や病を癒すことに気がつき、医師になることを決意。医学性となったパッチは病院にしのび込み、病院をクラウン(ピエロ)のようにおどけてジョークを連発しながら闊歩し、 「医者と患者は対等である」という独自の医師を貫く。医大でも病院でも異端視され問題と扱われるが、患者や看護師に助けられ、危機を切り抜ける。この映画は、パッチの医療の原点、“葛藤する時代”を取り上げている。 思いやりと献身的な態度を重視した彼の療法が、患者の不安を和らげ、治癒力を高めるとマスコミでも取り上げられるようになったのは80年代半ばで、笑いとやさしさの伝染力が、時に病の憂鬱よりも勝ることを発見し、広めた医者として、この映画で一躍世界的に注目を集める存在となった。

日本にける出版物
パッチ・アダムスと夢の病院』(原題 “GESUNDHEIT!”) 1999年 主婦の友社
文庫 『パッチ・アダムスと夢の病院』2005年 主婦の友社
心からのお見舞い』(原題 “House Calls”) 2000年  英潮社  
パッチ・アダムス いま、みんなに伝えたいこと』 2002年 主婦の友社


日本における過去のパッチ・アダムスのワークショップ

パッチ・アダムスのワークショップ 癒しの環境研究会
2004年 “What is your Love Strategy?” (神戸青年会議所)

日本における過去のパッチ・アダムスの講演会

東京 21世紀の医療(癒しの環境研究会)
http://takadayoshiko.info/2000patchj&j.htm

東京・岡山 「パッチと語ろう 21世紀の介護 ~愛と笑いと歓びを~」
(NPO法人癒しの国のアリス)

熊本 「Energy For Dream ~夢の実現に向けて~」
(パッチ・アダムス九州講演会実行委員会) 
http://www.nextep-k.com/index2.htm
神戸 「心と体に愛と和を!」(神戸青年会議所)
塩尻 「愛と笑いの地域づくり」(スマイルコラボレーション パッチ・アダムスユーモアセッションin塩尻実行委員会)
http://www.3to3.co.jp/sumakora/news/news01.htm